読書「熟柿」佐藤正午
取り返しのつかないあの夜の過ちが、あったはずの平凡な人生を奪い去った。
これは来る。
グッと来る。
話の持って行き方が実に見事なこともあるが、どうなるんだろうと思って止まらない。
ストーリー自体は淡々と進んでいく。
最初のうち、かおりが本当に事故を起こしたかどうかもわからないまま話が進み、
刑期を終えて出て来たところまで話が飛ぶ。
実際に事故を起こしたのか、なぜ服役することになったのかの説明が一切されない。
それが、話が進むにつれて、少しずつ何があったのかが分かっていく。
その文章には無駄が一切ない。
一言一言、胸に刺さるように言葉が入ってくる。
最後の場面では、心が温かくなって泣きそうになる。
事故を起こしてから何と17年間。
一人で苦しんできたかおりの心に、やっと灯りが灯る。
タイトルの「熟柿」(じゅくし)については、
最初の場面で、親戚のおばさんのお葬式で、庭にあった柿の木にまつわる話として、
おばさんが、子供達には渋柿だと言っていたが、
実は甘柿で、それを限界まで熟させて、
ドロドロになった柿をチュルチュルと吸っていたという説明がされる。
次に柿が出てくるのは、かおりがひき逃げをした徘徊の老婆が、
両手に柿を抱えていた場面。
どちらも、かおりにとっては、柿に対して良い思い出とは言えないはずだ。
だが、最後に、熟した柿の実が自然に落ちるのを待つように、
気長に時期が来るのを待つことの例えとして、
熟柿という言葉があると教えてくれ、長期戦でかおりと向き合ってくれた男性、
土井さんとの明るい将来に結び付く。
とても読み応えのある1冊だった。