読書:「存在の全てを」塩田武士
1991年12月11日。厚木市において、立花敦之君が何者かに連れ去られた。さらにその後、横浜市山手町にて当時4歳の内藤亮君も誘拐されていたことが分かる。二児同時誘拐。
立花敦之君は無事発見されたが、内藤亮君の事件は取り引きに失敗し、男児の行方も分からないままだった。
約3年後に内藤亮は、祖父母である木島茂たちのもとへ帰ってきた。内藤亮は空白の3年間について何も話さず、誘拐犯も見つからないまま時が過ぎ去っていった。
誘拐事件から30年が経ったある日、当時の事件を担当した大日新聞の記者・門田次郎は、ある週刊誌の記事を目にする。それは内藤亮が現在、人気画家になった旨を書かれたものだった。
門田は当時の誘拐事件について、再調査を始めた。
門田が追う誘拐事件の真相は?そして亮が連れ去られていた空白の3年間に、一体何があったのだろうか……。
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誘拐事件から始まったので、ミステリーかと思ったら、
親子の絆を描いた人間ドラマ。
誘拐事件後は、登場人物が多いし、芸術の世界で生きる人たちの葛藤などが
描かれ、途中で息切れしそうになったが、後半からはどんどん引き込まれて行った。
実の親から虐待を受けていた亮少年が、後にその頃のことを
幼馴染の少女に話す場面がある。
「アパートの階段で、寒さに震えながら母親を待つことよりも、
歯が痛いのが辛かった。」
誘拐されてから3年後、祖父母の家に帰ってきた時、亮のリュックから、
手作りの箱が出てきた。それには、抜けた乳歯が10本ほど入っており、
どの歯が、いつ抜けたのかがわかるように、歯の位置と日付が記されていた。
この、幼い少年の乳歯についての話がとても印象的で、
実の親と過ごした4年間と、誘拐されていた3年間、
亮少年がどのように扱われていたかを、比べることができる。
誘拐されていた期間が、その後の亮の人生に与えた影響は?
そして、大人になった亮に、どのような運命の導きがあるのか。
30年という時間を超えた絆の力を感じ、深い感動を覚えた作品だ。